Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤
2025年10月のテーマは「継続的イノベーションの仕組みについて考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 新規事業開発戦略を考える ー石森 宏茂プロ編
#2 新規事業開発戦略を考える ー岩本 晴彦プロ編
#3 新規事業開発戦略を考える ー原口 悠哉プロ編 本記事
#4 新規事業開発戦略を考える ー村松 龍仁プロ編(10月28日に配信予定)
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
立ち上げ5年目の事業責任者をしています。私自身、ほぼ経験の無いところから、手探りで新規事業の立ち上げプロジェクトをなんとか進めて、事業化に漕ぎ着け、5年が経ちました。大成功とはまだ言えないかもしれませんが、事業をひとつ立ち上げて、日々推進するという意味では、会社の中の前例として、成功事例を作れたような気持ちでいます。
一方で、企業活動は永続的に続くわけですので、この一度の成功で満足するわけにはいきません。でも、正直なところ、次のステップをどう進めればいいのか、悩んでいます。上層部からは「さらなるイノベーションを」と言われますが、具体的にどうすればいいのか…。現在の事業の安定的な運営も重要ですし、新たな挑戦も必要だと分かっていても、なかなか踏み出せずにいます。
組織に継続的イノベーションの文化を根付かせたいのですが、大きな変革を起こす権限もなく、どこから手をつければいいのか見当がつきません。次世代の新規事業開発人材を育成したいという思いはありますが、今の業務をこなすので精一杯で、なかなか時間が取れないのが現状です。
できれば他部門とも連携して、全社的なイノベーション推進ができればいいのですが…。ただ、各部門も既存業務で手一杯のようで、積極的に声をかけづらい雰囲気です。かといって、私たちだけで何かを始めるのも難しそうで。
何か新しい取り組みも必要かなとは思っていますが、具体的に何をすればいいのか、アイデアが浮かびません。この状況で、どのようにして組織に継続的イノベーションの文化を根付かせ、次世代の新規事業開発人材を育成できるでしょうか?
第3回目は、原口 悠哉プロの回答です。
大企業内で継続的なイノベーション文化を根付かせる方法と、次世代の新規事業開発人材の育成方法について、それぞれ回答します。
文化醸成の鍵はトップ主導と成功事例の創出
そもそもですが、イノベーション文化を会社に根付かせるためにはボトムアップではなく、トップが主導しての動きが重要です。イノベーション文化を根付かせることは困難であるだけでなくリストラやキャッシュフローの悪化などの痛みをしばしば伴い、現場レベルから推進するには限界があります。
そのうえで相談者さまの立場であれば、「イノベーションを通じた大成功事例を社内で生むこと」に全力を注ぐべきではないでしょうか。それにより、全社的に「なぜイノベーション文化が必要なのか?」という問いに対する説得力のある説明が可能です。現状では新規事業は「大成功とは言えない」とおっしゃっており、全社を巻き込むほどのインパクトには至っていないように見受けられます。
変化を無理やり起こそうとしても反発は避けられず必然性が見えづらいため効率もよくありませんが、会社に大きく貢献する事業を生み出すことでそれを行う必然性が生まれます。結果として、イノベーション文化の定着に重要なトップのコミットメントもより強いものになっていくはずです。
仮に今の事業の成長が頭打ちであり、これ以上の成功は望めない場合は、ある程度軌道に乗っているその事業運営権を誰かに移譲し、次の事業を改めて立ち上げていくことも選択肢の1つです。前回立ち上げ時の知見やノウハウを活用しながら、あなたがイノベーションの中心となるのです。
イノベーション人材の育成はなぜ難しい?
世の中には安定した仕事をしたい人も、チャレンジングな仕事をしたい人もいます。また、給料分以上の仕事はしたくないという人も、給与額に限らずやりがいのある仕事をしたいという人もいます。それは良い悪いではなく、それぞれの嗜好(しこう)の問題です。そして、社内にイノベーション文化を根付かせることは、それを好む人材が集まった企業でない限り非常に難しいです。イノベーション人材を育成するためには、新規事業の立ち上げに対する興味・関心を持つ人材を集める必要があります。そこに興味がない場合、モチベーションも成果も上がらず、誰のためにもならないという状態になってしまいがちです。
私は、大企業で新規事業を立ち上げることが難しい最も大きい理由はこちらにあると考えています。どういうことかと言うと、新規事業を立ち上げたい人は現代においては起業やスタートアップ・ベンチャー企業への就職を選ぶことが多いです。そのため、大企業内に新規事業立ち上げに興味を持つ人材が集まることは少なく、笛吹けど踊らず、という状況になりがちです。つまり、考えるべきは育成だけでなく、採用というその前のフェーズから、ということです。
例えばリクルート社は現在の時価総額が10兆円を大きく超える大企業ですが、起業家精神を持つ人材が多く集まるイメージが広く持たれており、また、実際に多くの人材によって新しい事業が立ち上がっている企業です。これは偶然そうなったわけではなく、「社員皆経営社主義」を創業期から掲げ、新規事業提案制度を40年以上継続するなど、起業家精神を持つ人材を歓迎するというメッセージをリクルート社が長期間発信し続けた結果根付いている文化です。
また、Google社も勤務時間の20%をメインの職務とは異なる、自身の興味のある新しいプロジェクトやアイデアに充てることができる制度を設けることで社員の主体的な活動を促していました。どちらの企業とも、主体的な取り組みを推奨し、制度としてそれを促しています。
文化は人が作るものであり、一朝一夕で醸成されるものではなく、大企業においては少なくとも5年、10年単位で取り組んで初めて根付いていくものです。
イノベーション人材育成の第一歩は?
最初に必要なのは、育成対象として適した人材を見つけることです。まずは社内で広く呼びかけ、そういった取り組みに興味を持つ方を募ることから始めることをお勧めします。こちらで選出した誰かに無理やり仕事への取り組み方の転換を押し付けたとしても、うまくいかないことがほとんどです。そのため、少なくともそこに前向きに取り組みたい人材を見つける必要があります。
また、外部から起業や事業立ち上げ経験のある人材を招聘(しょうへい)するという選択肢も有効な手段です。それらの人材を活用して新規事業をさらに強力に推し進めていくのでも良いですし、事業フローにテコ入れを行うという活用方法もあります。
日本でもスタートアップ文化の浸透は徐々に進み、事業立ち上げ経験を持つ人材も増加しており、また、そういった人材と企業をつなぐサービスも複数立ち上がっています。
イノベーション人材はどう育てる?
まずは現在取り組まれている新規事業の中での活躍を目指してもらうことが現実的です。その際に重要なのは、新規事業内での今までの知見をドキュメント化し、社内Wikiなどで全員が見られるようにするなど、ブラックボックスを作らないことを心がけることです。ブラックボックスが存在してしまうと事業の改善案なども提案しづらく、それぞれが与えられた業務をこなす状況になってしまいがちです。
また、各人が提案を行う機会の創出は意図的に作った方が良いです。もちろん、日々の業務の中でそれを行ってもらうことが重要ですが、積極的にそれを行える人材は少ないです。
そのため、例えば1on1で改善案の提案機会を作り、主体的に業務に取り組んでもらえる状況を作り、小規模プロジェクトでリーダーを任せるなど徐々に権限を委譲していくことでイノベーション人材として成長を促すことが可能です。
まとめ
このコラムでは、社内にイノベーション文化を根付かせるには強いリーダーシップや納得できる理由が必要であること、また、イノベーション人材をどのように集め育てていくかについて述べました。
まとめると、まずは社内でのイノベーション人材候補の募集や外部からの起業家人材の確保を行い、その上でより大きなインパクトを起こすために現在取り組まれている新規事業のさらなる拡大を推し進めてみてはいかがでしょうか。
大企業の新規事業担当者にとって、日々の業務と新しい挑戦を両立させること自体が大きな負荷であることは理解しています。それらの達成は簡単なものではなく、時間もかかってしまうものですが、逆に言えばやりがいのある取り組みでもあります。
そのうえで本コラムが少しでもご参考になりましたら幸いです。
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